支倉常長メモリアルパーク入り口に、支倉常長の銅像が立っています。
支倉常長は慶長18年(1613年)伊達政宗の命を受け、現在石巻市のサン・ファン館に展示されているような木造船でローマに渡り、ローマ法皇に日本人として初めて謁見しました。
支倉常長の墓は宮城県内に3つありますが、どれが本当の墓なのかははっきりしていません。
支倉常長は禁教令に感偶し、ひっそりと亡くなりました。
ここを登りきると、奥に常長の墓が見えます。
入り口から少し歩くと、支倉新右衛門常次の墓がありました。常長の義理の弟であり、この封土の初代所有者ということらしいです。
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