花菖蒲
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境内は厳かです。
紅梅が鮮やかでした。
白梅はやさしく咲いていました。
こちらはタヌキニャンです。
キツネニャンと、家政婦は見たニャンです。
沈丁花
<芳香は春の花で一番。沈香(じんこう)と丁字(ちょうじ)の香りを併せ持つと「沈丁花」。中国名は瑞香。文献上の初出は唐代。姚(よう)氏の『西渓叢話(せいけいそうわ)』に、長兄姚伯聲(ようはくせい)の栽培花を客にたとえて、瑞香に閨客(けいかく)をあてる。閨は女性の寝室。その女性客の香りとは悩ましい。日本への渡来は室町時代。15世紀の『尺素往来』に初見。・・・〔『愛蔵版・花おりおり』文・湯浅浩史氏〕から引用させていただきました。>
の花が咲いていました。
沈丁花は、ユーミンの一番の作品『春よ、来い』にも登場します。
ところで、NHK『探検ロマン世界遺産』、番組はとても素晴らしいですが、ユーミンのエンディング・テーマもいいですね。文明の最先端、探求する人たちの常に空気を切り裂くような鋭利さ緊張感、それに続き時代時代で自分たちの凧の足を、幸福を求め天になびかせていた多くの人たち、もう地球に形ある遺産を残せない文明の終わりとは違う終焉で、先端と足は同一になり、旅たちの日に、静寂な宇宙からその空間を静かに眺めたなら、地球は、文明は、遺産は、結局一人の人間とまったく同じ、宗教も理解できるその時その空間の大切さ、もがき考え、存在し続けたことはけっして無駄ではなかったと。そう感じることができると思います。
『存在と時間』、『悲劇の誕生』は読む必要がないのかもしれません。
世界遺産は、そこで暮らす人々の姿、笑顔だということがこの番組ではっきり分かると思います。
白の沈丁花です。
風景を映し出している水の命は、永遠に見えます。
珍しいと思えるタンポポを見つけたため、図書館に出掛けて調べてみました。
また、撮影した野鳥がシロチドリであることを確認するため、コチドリ、イカルチドリ、ハジロコチドリ、メダイチドリとの外観の違いも調べてみました。
(写真はすいかずら科のタニウツギです。「花は淡紅色~紅色で、本年度の枝先や葉の脇に房状につく。花冠は長さ2.5cm~3.5cmの漏斗形で、先は5裂する。葉は楕円形または、卵状楕円形で先端が鋭くとがる。北海道、本州の日本海側の日当たりのよい山野に生える。」・・・増村 征夫著、『ひと目で見分ける320種 ハイキングで出会う花ポケット図鑑』から引用しました。)
まずタンポポの件ですが、帰化植物のセイヨウタンポポは、総苞片(そうほうへん)という頭花の外側の緑色のものが反り返るのだそうですが、反り返っていませんでしたので違いました。
エゾタンポポは丸まるというので、これも違いました。
トウカイタンポポは突起が大きいので、違いました。
カントウタンポポは突起が小さく、これだと思いましたが、総苞外片の長さが内片の2分の1以上のセンダイタンポポにも見えました。
結局カントウタンポポか、センダイタンポポの何れかと思われます。
(写真はミヤマチャバネセセリです。今季初めての撮影です。)
一方チドリはどれも外観が近似していて、シロチドリという確証を得ることはできませんでした。
(写真はタテハチョウ科のイチモンジチョウです。こちらも今季初めての撮影です。)
しかし大きな収穫がありました。
幻冬舎から出ている『花の季節ノート』という本を偶然開きました。
文は倉嶋 厚さんという方が書かれていました。
そして写真を平野 隆久さんという方が撮られていました。
この写真がとても素晴らしいものでした。
このような植物の写真を撮ってみたいと思いました。
ところで、タンポポとシロチドリのことを調べているときに、NHKの『風林火山』というテレビ番組のテーマ曲を頭の中で奏でてしまいました。
人類にも他の生物にも、生存を可能にする決まった行動ルールがあり、それを守れば発展できると感じつつも、宇宙が形成される原因となった大爆発からずっと現在まで、ただの物質であったなら、戦国の世もなく、タンポポもチドリもこんなに細かく進化して生存競争を繰り広げる必要もなく、平和だったのではないのかと思ったからです。
生物は最終的に何を目指してそんなに必死なのだろうと考えたとき、『風林火山』のテーマ曲が鳴り響いたのです。
息苦しく感じ、目線を遠くにもっていきました。図書館の窓から見える木々の緑は美しく現実的で、生気に満ちた喜びを放っていました。
『花の季節ノート』をパタンと閉じたとき、生存を可能にする決まった行動ルール、言い換えれば大きなやさしさに答えが隠されているように思いました。
生命の輝きがすべてなのに、多くの場合私たちは、まるで無常のように拡張し続ける宇宙を理解することができないため、いっそうお金や土地など、目に見える物に固執して自らの感情を充足させようとし、真実を見失ってしまっていると思いました。生命というものがただそこにあるという大切さ、その単純なことを忘れているようにそのとき思いました。
平野 隆久さんの写真には、大きなやさしさが表現されていると思いました。
とりわけ淡い色彩に、まるで進化の過程で何度も見てきたようななつかしさを感じました。
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