2008年6月27日 (金)

警察資料館

登米市にある警察資料館です。

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明治22年に建てられ、昭和43年まで登米警察署として使われていたそうです。

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隣には玄昌石の館があります。

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警察資料館の照明は明治時代を感じさせますpass

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白バイやパトカーが展示されていました。

パトカーはスカイラインでしたcar

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昔の消防団の法被も展示されていました。

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組頭の法被ですね。

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ここが取調室だった部屋です。

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そしてこの先に留置場があります。

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たぶん、小さな窓から注ぐ光が眩しかったでしょうねshadow

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やはり心にいつも花を忘れないようにしたいものですねfish

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2008年5月29日 (木)

改葬

足取りは重いです。

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暗い道です。

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改葬した小原縫殿之助の心中はどのようなものだったのでしょうか。

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ぽつんと小次郎のお墓はあります。

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小原縫殿之助の墓は少し下ったところにありました。

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お守役の小原縫殿之助の墓を見て悲しくなりました。

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倒れているコーヒー缶の原材料、異国で皮膚の色も違う彼が無意識に積載した鉱物からできているのでしょう。しかし彼には舞い上がったほこりの向こうに、ここの異様な静寂さがあることを当然想像することすらできなかったでしょう。時間の深い経過を感じながらさらに悲しくなりました。

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政宗の涙はほんとうだったと思います。

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静まり返っていて、空気は重く重く沈んでいました。

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2008年5月28日 (水)

支倉常長メモリアルパーク

支倉常長メモリアルパーク入り口に、支倉常長の銅像が立っています。

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支倉常長は慶長18年(1613年)伊達政宗の命を受け、現在石巻市のサン・ファン館に展示されているような木造船でローマに渡り、ローマ法皇に日本人として初めて謁見しました。

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支倉常長の墓は宮城県内に3つありますが、どれが本当の墓なのかははっきりしていません。

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支倉常長は禁教令に感偶し、ひっそりと亡くなりました。

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ここを登りきると、奥に常長の墓が見えます。

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入り口から少し歩くと、支倉新右衛門常次の墓がありました。常長の義理の弟であり、この封土の初代所有者ということらしいです。

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